― 飼い猫文化、ここよりはじまる ―
むかし、まだこの国の都が「平安京」と呼ばれていたころのこと――。
唐の国から一匹の黒猫が献上され、時の帝・一条天皇はたいそうお喜びになられました。
その猫は「命婦(みょうぶ)のおとど」と名付けられ、帝のそばで愛され育てられたと伝えられています。
そのころ、天皇の愛娘・媄子内(びしない)親王が病に伏した折、天皇は願をかけるようにこの猫を連れ、「脳病平癒の御利益」を求めてここ、大雲寺へと参詣されました。
「命婦のおとど」は、大雲寺ゆかりの源氏物語にもその名を残す気まぐれな猫。
お行儀こそ少し悪うございましたが、愛嬌たっぷりで、誰からも可愛がられていたそうです。
やがて「命婦のおとど」はこの地で子をなし、その子猫たちが都のあちこちに広まりました。この出来事をきっかけに、猫を家族のように慈しむ文化が宮中から広がり、やがて多くの貴族が猫を「飼う」ようになったと語り継がれています。
そう――
日本における「愛玩猫文化」は、この大雲寺の地から花開いたのではないかと・・
今もこの場所には、猫と人が紡いだやさしい歴史の面影が、静かに息づいています。